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アースデイ東京とは?
■ アースデイの歴史
アースデイの誕生…1970年アメリカ
1970年、ウィスコンシン州選出のG・ネルソン上院議員が、4月22日を“地球の日”であると宣言、アースデイが誕生しました。ネルソン氏は、学生運動・市民運動がさかんなこの時代に、アースデイを通して、環境のかかえる問題に対して人びとに関心をもってもらおうと考え、それは当時全米学生自治会長をしていたデニス・ヘイズ氏による、全米への呼びかけへとつながりました。そうして、1970年の最初のアースデイは、延べ2000万人以上の人びとが何らかの形で、地球への関心を表現するアメリカ史上最大のユニークで多彩なイベントとなりました。
やってみた日、それがあなたのアースデイ
環境問題は、人と生物、地球、人と人のコミュニケーション問題ともいえます。そして私たちはだれも、この地球と100%関わり、家族や友人との間柄にも似た不可分の関係を持っています。だからアースデイは、私たち一人ひとりのものなのです。 アースデイには、代表も規則もありません。民族・国籍・信条・政党・宗派をこえて、だれもが自由にその人の方法で、地球環境を守る意思表示をする国際連帯行動です。すべての人が、同じ輪の上で自由に起こせる、世界初でおそらく唯一のアクションがアースデイです。あなたもぜひ、自分と地球とそこに住むたくさんの生命との対話、アースデイ・アクションを起こしてください。そして、その活動を互いに知らせあい、大きな輪をつくりましょう。
■アースデイ日本での歩み
■1990…地球市民の誕生
カリフォルニアから世界に呼びかけられた初めてのアースデイに、3万人が集った東京・夢の島をはじめ、全国200ヵ所、1000をこえるグループが参加、様々な楽しいイベントが催されました。1990年4月22日のアースデイは、世界141の国・地域で2億人が参加する一大イベントとなったのです。
■1991…多彩で多様な広がり
札幌・中島公園、東京・日比谷公園など各地での場づくりは続き、香川でのドングリの種まき、流通業界へのキャンペーン、環境教育リーフレットの作成など、さらに多彩でユニークなイベントを開催。92年のアジア・アースデイに向けた7カ国語で書かれたアピール文の発表なども行われました。
■1992…アジアとのつながり
この年は、ブラジル・リオでの地球サミット(UNCED)が開催され、変革の対象が、自分自身のライフスタイルから、様々な側面へと広がっていったといえます。市民による政策への挑戦として「環境法制検討市民委員会」が発足し、理想の環境基本法を求めて、各政党や専門家との話し合いなど精力的な活動が展開されました。
■1993〜1996…2000年へ向けて
93年に「環境法制検討市民委員会」が発表した環境基本法市民草案は、「環境フォーラム・ジャパン」の発足から市民から政党までを対象としたキャンペーンへと発展、活発な活動を広げました。94年には郵政省との社会実験などがあり、95年には大震災で深刻な被害を受けた兵庫県西宮市などでのアクションもあり、96年の「地球にやさしく、政治にきびしく!アースデイ市民国会」の開催など、各地での活動はより深まっていきました。
■1997〜1998
…COP3開催、CO2削減に向けて温暖化防止社会への歩み
96年末に京都で結成された気候フォーラムを中心に、97年は温暖化防止京都会議に向けて多くのNGOが一斉に動き出しました。アースデイフェスティバル’97in東京実行委員会は、温暖化防止をアピールし日本で初めての約500台の自転車によるパレードを都心で行い、反響を呼びました。そして97年末のCOP3開催以後の温暖化防止実現への動きとして、98年にはアースデイ“温暖化防止”市民国会を開催、「温暖化防止活動推進法案」を提案し、500名以上の参加者により趣旨採択を行いました。
■1999〜2000
…こどもの国でのギャザリング、日比谷公園、原宿へ
市民・企業などの立場を超えて、主に環境教育をテーマに92年以来開催されてきた、横浜こどもの国でのアースデイは、99年には新メンバーを中心にギャザリング(集い)形式で開催。太陽光発電のライブステージや虹の学校、泥んこプールなど、こどもの国ならではの自然を使って、遊び学べる催しを大々的に展開しました。2000年には、東京日比谷公園にて“アースデイ2000 TOKYO”が「クルマ」「エネルギー」「食」の三つに焦点を当てた出展や、自然食屋台や修繕市などと共に開催されました。 また23日(日)には韓国のグループと同時に自転車パレード行いました。
また原宿では神宮前スタジオに於いてパネルディスカッションなどのトークイベント、商店会主催のゴミ対策イベントなど、初の試みが成功しました。
以上、2000年までの90年代の流れは、アースデイ日本・東京連絡所が主に取り組んできた動きを継承しています
■2001 …新しいステップへ
〜代々木公園、明治神宮、新宿パークタワーで大きな輪が〜
代々木公園と明治神宮で催されたイベントと共に、新宿パークタワーでは、ブロードバンドを使って、初めて広くインターネット発信されました。開催規模もwebを使った発信も、いままでにない21世紀最初のアースデイに相応しいものとなり、参加者総数も8万人を記録、新たな「アースデイ東京」の輪が、21世紀の新しいステップへと踏み出した年でした。
■2002…代々木公園、明治神宮、渋谷AXで大きく開催
前年に続き、より多くのグループ、団体、個人による企画の受け入れと実現という方向性を拡大、実行委員会はさらに大きな輪となって広がり、代々木公園とその周辺にまとまった会場は大きな熱気に包まれました。二日目が雨にたたられながらも来場者は多く、さらなる広がりを得た開催でした。
■2003・・・代々木公園での開催が定着、原宿、渋谷会場も盛況
順調な準備から開催当日を迎えました。すっかり開催の定着した感の代々木公園では、A地区の緑の中での企画がさらに充実し子供達の歓声が響きました。またB地区ではNHKホール横の並木まで実施エリアが拡大、大盛況となり、渋谷、原宿等周辺での開催企画もそれぞれ充実してにぎわいました。
■2004・・・10万人の輪、
そしてあらためて各地に広がったアースデイ
ミュージシャンのハウンドドッグ、俳優の窪塚洋介さん、中嶋朋子さん、環境活動家の辻信一さん、枝廣淳子さんなどの応援を得た開催は、過去最高の30を超える実行委員会グループの参加と共に準備段階から盛り上がり、二日間の好天に恵まれた代々木公園は溢れるような人出で賑わいました。また翌週の明治神宮参集殿での開催も満員の盛況、あらためての新しい輪づくりが始まりました。
■2005・・・京都議定書の発効、アースデイは新たなステージへ
関係グループ、団体、マスコミ等へのアースデイ意識の浸透も定着が深まり、ミュージシャンの忌野清志郎さん、元LUNA SEAのSUGIZOさんなど多くの著名人の方の応援を得て、2日間の晴天に恵まれた代々木公園では、土曜日の午前中から多くの人手で賑わいました。アースデイの創始者、デニス・ヘイズさんも参加。2005年のテーマである「ACTION!」を具現化するものとして、書籍を出版しました。昨年から始まった「アースデイ宣言」を通して、千葉、神奈川、愛知、大阪、長野、富山、沖縄、鹿児島の全国のアースデイグループとの連携も深まっています。また、愛・地球博でもアースデイEXPOが開催されるなど、アースデイは新たなステージで着実に地歩を固めつつあります。
■2006・・・東アジアを繋ぐ、アースデイフレンドシップウォーク開催
関係グループ、団体、マスコミ等へのアースデイ意識の浸透も定着が深まり、458グループの集う日本最大の市民フェスティバルに成長しました。東アジアのアースデイを結ぶ「Earth Day Friendship Walk」を開催。代々木公園では、天ぷら油リサイクル燃料でステージの音響&照明の電源をまかない、自然エネルギー導入に着手しました。